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黒鉛珪石

  • 表紙
  • 第一章
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  • 第三章
  • 第四章
  • 最終章

黒鉛珪石物語の表紙

プロローグ

【第一章】 不思議な石との出会い

~奇跡の鉱石 黒鉛珪石(神明石)シリカ・ブラック~

佐藤 昌司奇跡の鉱石と呼ばれる黒鉛珪石は、北海道に平成上ノ国鉱山を開山した、佐藤昌司(さとうまさつぐ)から始まった。

昭和五十九年、北海道の旭川に住んでいた佐藤昌司は、一人の知人から魔除けになる不思議な黒い石だと言われ、いっけん石炭のようにしか見えない石を一個もらった。

彼が枕元にその石を置いたまま、眠りについたその夜のこと…なんとこの黒い石が、彼の枕元で緑色に輝き出したのだ。石は次の日もその次の日も輝き続け、そればかりか何日かのちに、「私を世の中の役に立てて欲しい」と昌司につぶやいたのである。 こんな奇妙な出来事をいったい誰が信じるであろう…。昌司はその不思議な黒い石を見つめながらそう思った。

まさかこのあとその石が奇跡の物語を生むとは昌司自身も考えもしなかった。

昌司は、黒い石の不思議な出来事に想い悩み、札幌に住む弟史郎のところへ「一緒に、この不思議な石を探して欲しい」と相談に向かった。最初は全く取り合わなかった史郎も、旭川から片道二時間の時間をかけ、毎日やってくる兄昌司に、ついに折れた。
兄のまなざしに、執念を見たのである。

その日から佐藤兄弟の石探しが始まった。

黒鉛珪石

【第二章】 困難を極める日々の連続

しかしいったいこの黒い石が、北海道の何処の山にあるのかさえも分からず、色々な情報を探る事から始まった。
昌司は、この黒い石を譲ってくれた知人に何処から手に入れたかを聞いてみた。

すると、道南地区(函館江差方面)の知り合いから譲り受けたが、その人物が今何処にいるかは分からないと言われた。
その情報を頼りに道南の各地区を訪れ、役場や村人に尋ね歩くうち、一人の老人から、“昔貨車に積まれて運ばれる石炭の様な黒い石を見た”と言う話を耳にした。

詳しく話を聞いてみると、北海道には北の防衛戦として軍用滑走路を作る必要があったが、北海道の冬は雪が深く、滑走路を作るにも使用出来ない場合が多く、軍では使用出来る場所を見つける為に飛行機で偵察する中、冬場でありながら雪の少ない場所を見つけだした。
しかしそこは飛行場を造るには地形的に無理だと判断された。

だが、そこにある黒い石には雪が積もらない事から、滑走路に使うためにその黒い石だけを運び出す事にしたらしい。しかし軍事秘密であった為に、軍が密かに石を運び出した事が、盗掘騒ぎとして一時村の話題になっていたようである。

佐藤兄弟はその話に息を呑み、「線路の始まりにこの黒い石が眠っているのだ」と確信した。

線路

【第三章】 二人の想いが通じた日

ついに佐藤兄弟はその場所にたどり着いたのである。
なんとその場所は「北海道の夜明けの地」といわれており、「天の川」という川が存在し、地名も「上ノ国町」という場所であった。 そのうえ、この黒い石が存在する地名はなんと「神明」と呼ばれていたのである。
村ではこの黒い石のある山付近では熊も冬眠せず草木が熱帯の様に生い茂っている為に神の土地として村人が近づかない場所である事も話してくれた。

上ノ国町

佐藤兄弟はこの不思議な巡り合せに言葉を無くした。

天の川

二級河川天野川水系 天の川

新明駅

JR 北海道江差線 新明駅

「絶対に何かある」「必ずこの山には何かある」「一刻も早くこの山を開山しなければ」との思いは募ったが、現実はここからが苦難の連続であった。

まず山を調査するために歩きまわれば、村人からは盗掘の仲間ではないかと疑われた。
佐藤兄弟は山の持ち主を探し採掘の許可を得て行政との協議から始めた。

最初に、この黒い石を掘削する為の許可を申請する事から始めなければならなかった為である。 しかし行政側は、国家(当時の経済産業省)の許認可を鉱業法に基づき、鉱業権を取得しなければならないと通達してきたのである。

申請手順は、まず試掘権を取得しなければならない。この取得条件は、ボーリング調査で埋蔵量確定をしなければならないのである。その費用だけで数千万円と膨大な費用が必要になったのだ。

佐藤兄弟は資産を投げ打ち、試し掘りに臨んだ。

そしてボーリングの結果、あの不思議な石(黒鉛珪石)の地層がある事が確認された。

そこから本格的な採掘を行うために、まず表土を取り除かねばならない。 表土はなんとトラック一千台分にも及んだ。
その様な佐藤兄弟の努力に対して、行政側も正式に採掘を認めたのである。

兄昌司は、この鉱山を【平成上ノ国鉱山】と命名して(意匠登録済)本格的な採掘が開始された。

平成上ノ国鉱山

時代はいつしか平成の紀元を迎えていた...

【第四章】 無限の可能性を追い求めて・・・

採掘された石は、色々な研究機関を通し調査されたが、多くの研究者が皆その不思議な力に、驚愕の声を発した。
黒鉛珪石の不思議な力とは、まさに無限といっても過言ではなかった。

  • コンクリートなどに混ぜると粘着性が高くなり硬度が増す
  • 下水道に捲くと臭いが無くなる
  • 土に混ぜると作物が良く育つ
  • 家畜の肥料に混ぜると病気が減る
  • お風呂に入れると温泉の様に体が癒される

など、多くの結果が出た事である。

その噂は道内に広まり、数年の間は資金を調達するために掘り出された黒鉛珪石は、数社の建設会社に買い取られていった。

採掘場

現在黒鉛珪石を所有する業社が何社もあるのは、その流れである。
しかし業者が持つその量は微量である。
当然、多くの企業からこの石の権利を欲しがられ、様々な誘惑が佐藤兄弟を巻き込んでいった。

そんな中、信頼して手を組んだ企業と法廷闘争という予期せぬ波に飲み込まれてしまったのである。

闘争は十年という長い年月となり、鉱山からの産出は法的に禁止されたままであった。

【最終章】 兄昌司の意思を受け継いで・・・

佐藤 史郎…昌司の死。

もともと心優しき昌司は精神的過労の末、永眠する事になってしまったが、弟史郎は兄の無念と黒鉛珪石を人の役に立たせる夢を引き継ぎ、敢然と世間の荒波に乗り出したのである。

黒鉛珪石は、地質学者としては日本の第一人者として知られる浦島教授に、シリカ・ブラックとして正式に論文発表して頂き、法定鉱石としても認められた。
そして、財団法人ひろしま産業機構では血栓を溶解・付着を防止するものとして特許申請をうけるほど、医学的にも貢献出来るものとしての確証を得たのである。

まさに人の役に立つ石である。

しかしその反面史郎は心配もしていた。

それはこの奇跡の黒鉛珪石は、自然の宝でありながら世界中でも北海道の上ノ国鉱山でしか産出されていないこと。
又無限の素材ではなく、すでに鉱山には地質学的に、もう良質の黒鉛珪石はほとんど無く、残された石は黒鉛珪石が微量に含まれる粘盤岩がほとんどであり、コンクリート材料などには使用出来るが、本来の力は期待出来ない。
また世間ではただの珪石や黒鉛石に似た模造石が平成上ノ国鉱山黒鉛珪石として、無断で宣伝広告やインターネットに記載され世に広まっていた。

“このままでは人の役に立つ前に信頼を無くしてしまうのでは”

と悩み、法廷闘争にピリオドを打ち採掘権を放棄し、闘争前に掘り出していた良質の二千トンの黒鉛珪石を手にしたのである。

そして今、この残った石をどう世の中に役立てるかを日夜模索し、史郎は大学病院等に提供し多くの病に苦しむ人達のために役立つものとしての、物作りの研究に人生をかけて勤しんでいる。

佐藤史郎は兄昌司の夢である「人々の役に立ちたい」その想いを叶えるために。

ブラックシリカ

平成上ノ国鉱山®黒鉛珪石は現在、ベンチャー21 代表取締役 佐藤史郎氏の手によって管理され、その性質を活かし世の中に貢献できる企業とだけ手を組み、兄昌司の「世の中の人々に役立たせたい」の意志を継承しているのである。

著者:平成上ノ国鉱山®プレミア黒鉛珪石使用

『光のジュエリーポセイドン』

総卸販売元アズワン株式会社 創業者 中路孝明

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